2012/09/12
罪と恨み
罪を憎んで人を憎まずなんて言いますけど、よほど達観した人間でないとそんな事は不可能だと思います。いや、達観した人間であったとしても、人を憎まないための努力は並大抵ではないでしょう。もしも「私はまったく人を憎まない」なんて人がいるとしたら、その人はちょっと普通ではないような気がします。罪ではなく、その罪を犯した人間を憎む。それが正常な精神構造だと思います。もちろん、人を恨み続けるのは被害者にとっても辛く不毛な事です。だからなんとかして忘れようとするのでしょう。相手のためではなく、自分自身のために。私はどんな事をされても相手を恨むなというのは無理だと思います。どちらかというと目には目をという考え方です。でも問題なのは誰をどこまで恨むかという事なのです。罪を犯した人を恨むのはいいのです。でもその家族やその子孫に至るまで恨み続けるというのはどうなのでしょう。戦争とはそういう悲しい恨みの連鎖を生むものですよね。原爆ドームを見学に来るアメリカ人に私は複雑な感情を持ってしまいますが、彼らには何の罪も無いのです。私たちだって戦争した事を詫びよと言われて素直に「はい」とは言えません。罪を憎んで人を憎まずというのはそういうことなのではないでしょうか。憎む対象を拡大してはいけない。それは本当に不毛な恨みなのです。